レモンは大嫌いなジンギスカンの臭いの染み付いた居間を嫌って、私の部屋で引きこもりを決め込んで2日目だったか、3日目だったか。その頃の事である。
その夜、私はよろしくない夢を見て目が覚めつつあった。
どんな夢かと言うと、小学生の女の子が交通事故だか事件だかに巻き込まれて亡くなったという夢である。しかもその訃報を私に伝えているのは当のその小学生であるという、怪談系の夢であった。少女から話しを聞きつつ『そうするとこの目の前の子は…?』と思いながらゆっくりと目が覚めてきたのである。
半分覚めかけた頭で『ああ、夢なのか。』と思いつつ、夢の中の少女の事をあれこれと考えていたら、突然ゾワゾワと背中に悪寒が走り鳥肌が立ったのである。そして何かにのしかかられているような感じがしたのである。
と、言っても重さを感じていた訳ではない。
寝ている私と平行に真上に誰かがいると感じたのである。つまりその人物は宙に浮いている事になる。
初めは夢の中の少女かと思ったのだが、どうもその気配は男のようであった。今考えると何を根拠にそう感じたのかはよく分からないのだが、気配から感じ取れる大きさやシルエットからそう感じたのである。
シルエットと言っても目を開けて見たわけではないのだが。
しかし、本当にこの世ならぬ者がそこにいたのかと言うとそれは怪しい。
人は思い込みで体に変化をきたす事のできる動物である。
鉄の火箸を熱々に焼けていると思い込ませて、実は室温の火箸を熱いと思い込んでいる人に押し付けると、実際に水脹れが出来る事があるのだそうである。
なので、私の感じた悪寒も人の気配も、怖い事を考えていた私の妄想である可能性が高い。だいたい本当にこの世ならぬ者がここにいるのなら、隣でグースカ寝ているレモンが気付くはずである。しかしレモンはスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てて寝ているのである。
加えて私には霊感などないのである。したがってこの嫌な感じはやはり私の妄想からきているのであろう。
そう思って頭の中から怖い考えを追い出して寝る事に集中する事にしたのである。
それからどのくらい経ったのか、もう少しで完璧に眠りに落ちるという所で、急にレモンがガバッと起きて吠え出したのである。
私の方は先ほどの怖い気持ちはすっかりなくなって、断然睡眠欲の方が勝っている状態であった。さっきはどうしても怖くて目を開けられなかったのだが、今はレモンのうるささに少々の忌々しさを感じつつ薄目を開けると、レモンは上の方を見て吠えている。しかし、私の真上ではない。もう少し逸れてベランダの窓よりの天井を見て吠えているのである。
私は人の気配などもう感じてはいなかったのだが、寝ぼけた頭で、『ああ、さっきの人はレモンが追い払ってくれているから大丈夫だ。』と、そう思って吠えているレモンの横でまた寝ようとしたのである。
我ながら寝汚いと思う。
しかし、レモンの吠え声はそのまま横で平気で寝ていられるほど可愛いものではない。根負けしてレモンを見ると、その視線はベランダの外へ向けられているようであった。もしも私の部屋にこの世ならぬ者がいたのだとしても、どうやらそれはレモンの吠え声で外へ追い払われてしまったようなので、もう吠え止んでも大丈夫だろうと思い、レモンを引き寄せ胸と背中を撫でながら落ち着かせ、静かにさせたのである。そのうちレモンもすっかり落ち着いたのでそのまま私もレモンも何事もなかったように寝たのである。
翌朝になって夕べの出来事を思い出すと、ジンギスカンの臭いでナーバスになっているレモン一人に、この世ならぬ者と相対峙させて、私はのうのうと寝ていたのだなぁと思うと、つくづく私は睡魔に弱く寝汚いことよのうと思うのであった。


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